あなたは何週間もかけてToDoリストを磨きあげます。優先順位をつけ、サブタスクに分け、色を塗り、締め切りを書き込む。それでも一日の終わりには、やはり疲れきっていて、忙しかったのに本当に大事なことは少しも進まなかった、という感覚だけが残ります。問題はたいてい、リストに項目が足りないことではありません。問題は、どのリストにも載っていないのに、一日まるごとを奪っていくものなのです。だからこそ、あなたに必要なのはToDoリストよりも「やらないことリスト」かもしれません。
発想は単純で、しかも世間の常識に逆らっています。生産性とは、やることを足していくだけでなく、あえてやめることを引いていくことでもある。タスクを足すだけでいるかぎり、一日はすでにあふれた容器にさらに詰め込む競走になります。引き算は、問題を反対側から攻めます。
なぜタスクを足すやり方は最後まで機能しないのか
あなたの時間は決まっています。あることに使う一時間は、別のことに使えない一時間です。経済学ではこれを機会費用と呼びますが、それこそ、ほとんどの時間管理に欠けている視点です。ToDoリストはこの費用を隠します。何かをして得るものは見せても、それをやることで「ほかの何か」を犠牲にして失うものは、けっして見せないのです。
結果として一日は、許可も求めずに入り込んでくる価値の低い活動でいっぱいになります。十分おきにメールを確認する、自分が何も貢献しない会議に出る、自分のものですらない依頼に惰性で「はい」と言う。どれもToDoリストには決して載らないのに、そのリストが手を触れることのない時間を食いつぶしていきます。
やらないことリストは、まさにそれを目に見えるものにします。これは道徳的な禁止事項の一覧ではなく、与えてくれる以上に奪っていく習慣・活動・約束を、意識して棚卸ししたものです。名指しすることが、それらを当たり前のようにやめるための第一歩になります。
「成功する人は、ほとんどすべてにノーと言う」
この点について最もよく引かれる言葉は、ウォーレン・バフェットのものです。彼の伝記を書いたアリス・シュローダーが伝えるところによれば、彼は、成功する人と本当に成功する人の違いは、後者がほとんどすべてにノーと言うことだ、と述べました。その論理は容赦ありません。あなたが何かにイエスと言うたびに、その時間でできたはずの残りすべてに、暗黙のうちにノーと言っているのです。
よい機会を持っているだけでは足りない。良い機会を断る勇気をもって初めて、本当に大切なわずかなものへ、時間と気力を取っておけるのだ。
「反射的なイエス」が静かな敵です。私たちは習慣で、悪く思われる恐れで、忙しさが与える偽りの前進感で、つい引き受けてしまう。けれども衝動的なイエスはどれも、それを果たさねばならない未来の自分への抵当です。しかもたいてい、引き受けたときに思い描いていたより悪いタイミングで支払うことになります。
どのやらないことリストにも現れる常連たち
リストは人それぞれですが、ある種の妨害者は何度も顔を出します。まずはそこから始めるとよいでしょう。
- 理由もなくスマホやSNSを見る。 意図した利用ではなく、反射のほうです。何のためか分からないまま画面のロックを解く。これこそ注意力のブラックホールの典型で、その代償に見合うものをほとんど何も返してくれません。
- マルチタスク。 タスクを切り替えると生産的に感じますが、実態は逆です。いわゆる切り替えコストのせいで、跳ぶたびに文脈を組み立て直す羽目になり、その目に見えない税が、往復するたびに徴収されます。
- メッセージで済んだはずの会議。 自分がいて何かが変わるのかを問わずに、惰性で出席すること。これは最も大きく、最も社会的に容認された時間の漏れのひとつです。
- 反射の「はい」。 その依頼・頼みごと・約束が自分の本当の優先順位に合うかを確かめる前に、引き受けてしまうこと。
- すでに下した決定を蒸し返す。 決めたはずのことをもう一度考え直すのは、何の利点も生まずに精神の力だけを燃やします。
共通する型は明らかです。これらは、小さな即時の見返り(安堵、前進している感じ、他人からの承認)を与える代わりに、より大きく、しかも先送りされた費用を、集中力と二度と戻らない時間として支払わせる活動なのです。
自分のやらないことリストの作り方
当てずっぽうではありません。自分の実際の一週間を観察し、そこから自分をすり減らす型を取り出すのです。簡単な手順は次のとおりです。
- 時間がどこへ消えるか記録する。 数日のあいだ、やったことをまとまりごとに書きとめます。自分を裁くためではなく、一日がどこで蒸発するのかをデータで見るためです。たいてい、居心地の悪い意外な発見があります。
- 価値の低いものに印をつける。 記録を見返し、何の大事なことにも近づけてくれなかったものに印をつけます。無駄にした時間、役に立たなかった会議、言うべきでなかったイエス。
- 意図ではなくルールにする。 「スマホを減らす」は願いです。「朝の最初の作業ブロックの間はスマホなし」は、守ったか破ったかがはっきり分かるルールです。
- 目に見える形にして、見直す。 引き出しに眠るやらないことリストは役に立ちません。目につく場所に置き、毎週見直します。要らなくなるルールもあれば、新たに迫ってくるものもあります。
肝心なのは、リストが自動的な引き算として働くことです。ルールが明確なら、それは意志の力を費やすことをやめます。作業の途中でメールを見るかどうかを毎回決める必要はありません。見ないと、一度きり、すでに決めてあるからです。前もって下したその決定こそが、本当に大切なことのために注意力を解き放ちます。そして Pomodomate のようなツールは、まさに、やらないことリストがすでに追い払った割り込みから、その集中のブロックを守るのを助けてくれます。
引き算は「より少なくやる」ことではなく、「よりよくやる」こと
よくある誤解をひとつ解いておきましょう。やらないことリストは、少なく働くために少なく働くことでも、何でも原則として断る人にあなたを変えることでもありません。その狙いは、能力 ── 時間・注意・気力 ── を、それを浪費する活動から解き放ち、本当に局面を動かすわずかなものへ振り向け直すことにあります。
これは彫刻家が用いるのと同じ原理です。像は大理石を足して現れるのではなく、余分なものをすべて取り除くことで現れます。あなたの最良の仕事は、より多くのことをやって生まれるのではなく、正しいことを、それにふさわしい深さで行うための空間を空けることから生まれます。些末なものを引くことが、本質的なものに場所を空けるのです。
よくある質問
そんなに多くの人にノーと言うのは、利己的ではないか?
依頼にノーと言うことは、その人にノーと言うことではありません。遅れて、雑に、あるいは恨みを抱えながらやることになるものを引き受けるのではなく、自分の実際の余力について正直であるということです。明確で、しかも早めのノーは、あとで破ってしまうイエスや、手いっぱいで中途半端な仕事へ自分を追い込むイエスよりも、相手を尊重しています。
価値が低いものと、単に退屈だが重要なものを、どう見分ける?
役に立つ問いは、それが好きかどうかではなく、本当に大切な目標へ近づけてくれるかどうかです。退屈で不可欠なタスク(これは残します)と、楽しいが空っぽなタスク(これはリスト候補です)があります。基準は結果であって、楽しさではありません。それをやめたら、実際に何が起きるのか、です。
価値の低い活動を上司や周囲から押しつけられている場合は?
すべてが自分の手の内にあるわけではなく、決められないところにリストを無理やり当てはめても、苛立ちを生むだけです。まず、自分が支配しているものから始めましょう。自分の習慣、反射的なイエス、スマホの使い方です。押しつけられたものについては、しばしば交渉の余地があります(たとえば会議の代わりに書面の要約を提案するなど)。ただしそれは第二段階で、自分の足元を片づけてからのほうが、ずっと力強く踏み出せます。
リストはどのくらいの頻度で見直すべき?
たいていの人には、毎週の短い見直しで十分です。優先順位は変わり、それとともにリストに載せるべきものも変わります。二か月前には意味のあったルールが今日は要らないかもしれず、新しい妨害者が気づかぬうちに紛れ込んでいるかもしれません。やらないことリストは生きた文書であって、石に刻んだ戒律の板ではないのです。